大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所小倉支部 昭和51年(ワ)147号 判決 1982年9月14日

原告 田川隆造

<ほか二名>

右原告ら三名訴訟代理人弁護士 谷川宮太郎

同 市川俊司

同 石井将

同 吉田雄策

被告 石川島播磨重工業株式会社

右代表者代表取締役 生方泰二

右訴訟代理人弁護士 桑原収

被告 山九株式会社

右代表者代表取締役 中村公三

右訴訟代理人弁護士 畑尾黎磨

被告 有限会社増山組

右代表者代表取締役 増山節男

右訴訟代理人弁護士 阿川琢磨

主文

一  被告らは、原告田川隆造に対し、各自、金四六五四万五一三〇円及びこれに対する、被告石川島播磨重工業株式会社については昭和五六年一二月一六日から、同山九株式会社については同月一七日から、同有限会社増山組については昭和五一年三月一三日から、各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告田川隆司、同田川ハギノに対し、各自、各金一一〇万円及びこれに対する昭和四九年一月二七日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告田川隆造のその余の主位的請求、原告田川隆司、同田川ハギノのその余の予備的請求及び原告田川隆司、同田川ハギノの主位的請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの負担、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。

六  但し、各被告において、原告田川隆造に対し金一五〇〇万円、原告田川隆司、同田川ハギノに対し各金三〇万円の担保を供するときは、当該被告は当該原告の前項仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告田川隆造に対し金八七四八万五六六三円、原告田川隆司及び同田川ハギノに対し各金三三〇万円並びに右各金員に対する昭和四九年一月二七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をすべて棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者の関係

(一) 被告石川島播磨重工業株式会社(以下、「被告石川島」という)は、昭和四八年五月二五日ころ、訴外住友金属工業株式会社から北九州市小倉北区所在の同社小倉製鉄所新第二高炉及び付属設備の製作、据付工事を請負っていたもの、被告山九株式会社(以下、「被告山九」という)は、被告石川島から据付工事のうち、鳶工工事、鉄工工事、仕上組立工事、配管工事などの主要部分の工事を請負っていたもの、被告有限会社増山組(以下、「被告増山組」という)は、被告山九から同被告が被告石川島から請負った工事のうちの鳶工工事を請負っていたものであり、原告田川隆造(以下、「原告隆造」という)は、昭和四八年一一月被告増山組に雇用され、同年一二月二〇日ころから鳶工として本件新第二高炉建設工事に従事していたものである。

(二) 原告田川隆司(以下、「原告隆司」という)は、原告隆造の父であり、原告田川ハギノ(以下、「原告ハギノ」という)は、原告隆造を子供のころから実子同様に養育してきた継母である。

2  事故の発生

(一) 被告増山組は、本件新第二高炉建設工事の施工に当たり、昭和四九年一月二五日から、熱風環状管設置工事の付帯工事として、右環状管の組立及び設置の足場を建設することとなり、クレーンを使用して仮受梁(H鋼)をつり上げ、別紙工事進行図の外梁、内梁、火打梁(以下、これらを合わせていうときは、「鋳床梁」という)上の所定位置に、マンテルを中心として仮受梁を順次放射状に設置していった(以下、「仮受梁設置工事」という)。

(二) 仮受梁設置工事は、右工事進行図の一柱付近から時計回り方向に進行したが、翌一月二六日午後二時一五分ころ、四柱、一柱間の一柱寄り付近において、原告隆造が仮受梁を予め指定された個所に設置した後、それをつり上げていた玉掛ワイヤーをはずすため、火打梁上から内梁上を歩いて玉掛個所に向かっていたとき、同原告は、右内梁上に溶接されていたアンカースタットの先端に足をひっかけ、バランスを失って転倒し、約四・五メートル下の基礎コンクリートピット面上に墜落して腰部等を強打し、これにより、頭部外傷Ⅱ型、第一〇胸椎脱臼骨折、第一〇胸髄完全横断麻痺の傷害を負った(以下、「本件事故」という)。

(三) 原告隆造は、右傷害による後遺症として、両下肢の用を全廃するなど下半身の機能を全く喪失したほか、背部には長さ二〇センチメートルの手術痕が、頭部には長さ数センチメートル、幅一センチメートル弱の外傷痕が残り、外貌に醜状を呈している。

3  被告らの責任

(被告石川島関係)

(一) 被告石川島と原告隆造とは、元請人と孫請人の従業員の関係にあることは前記のとおりであるが、被告石川島は、本件新第二高炉建設工事に係る基本材料を自ら製作、支給する外、右工事現場にその従業員を常駐させて同現場の施設を支配管理するのみならず、下請人、孫請人である被告山九や同増山組の従業員、関係者に対し、工事の施工計画、施工方法、安全管理等全般につき指示命令を与えるとともに、日々のパトロールや朝礼を通じて現場作業員を直接指揮監督していたものであり、このような状況においては、被告石川島と原告隆造との間には、実質的な使用従属ないし指揮命令の関係があるというべく、被告石川島は、かかる関係に付随する信義則上の義務として、原告隆造に対し、その労務提供過程において生命、身体、健康等に危害が及ばないよう安全を配慮すべき義務(以下、「安全配慮義務」という)を負っていた。

(二) しかして、仮受梁設置工事は、基礎コンクリートピット面から約四・五メートルの高さにある鋳床梁上において行なわれる高所作業であり、しかも鋳床梁上(上部フランジ面)には、幅三四〇ミリメートル、高さ一四〇ミリメートルの〕型をしたコンクリート止めアンカースタットが六五〇ミリメートル間隔で溶接されていた上、右アンカースタットは、鋳床梁を溶接工場から運搬する際に変形し、側方に突出した箇所もあって、同梁上で作業する作業員がこれに足をとられて転落、負傷する危険が極めて大きい状況にあったから、被告石川島としては、前記安全配慮義務の履行として、右アンカースタットを撤去するか、アンカースタットを覆うような足場或は鋳床梁上に梁に沿って別の足場を設置するか、命綱をかけ易いような親綱を張るか、アンカースタットにつまづいても容易に破れないようつま先部分に鉄の入った安全靴を支給して着用させるか、更には万一に備えて鋳床梁下に安全ネットや金網を張り渡す等して、作業員が転落及び負傷するのを未然に防止するための万全の措置を講ずべきであったのにこれを怠り、何ら実効ある転落防止措置を講ずることなく原告隆造を仮受梁設置工事に従事させたため、同原告において鋳床梁上を歩行中アンカースタットにつまづき、地下足袋が破れ、これがアンカースタットに引っかかって転落し本件事故が発生するに至った。

(三) 右のとおり、被告石川島は、その安全配慮義務を履行しなかったものであるから、先ず主位的に、債務不履行に基づき、本件事故による原告らの後記損害を賠償すべき義務がある。

(四) 仮にそうでないとしても、以下予備的且つ選択的に、被告石川島は、右(二)の転落防止措置を講じなかったことは、元請人として一般的な安全管理上の注意義務にも違反した過失があるというべきであるから民法七〇九条により、また、土地工作物である鋳床梁上に、アンカースタットが溶接され、且つ何らの転落防止措置が講じられていなかったことは、同梁の設置、保存に瑕疵があるというべきであるから、同法七一七条一項本文により、然らずとするも被告山九及び同増山組を実質的に使用するものとして、同被告らの後記の各不法行為につき同法七一五条一項本文により、それぞれ損害賠償責任を免れない。

(被告山九関係)

(一) 被告山九と原告隆造とは、前記のとおり下請人と孫請人の従業員の関係にあるが、同被告は、元請人である被告石川島の指揮監督に服すると同時に、本件新第二高炉建設工事の施工に当り、自ら右工事現場に現場事務所を設けてその従業員を常駐させ、被告増山組の従業員らに対し、鳶工事を専門に担当する監督員を配置した上、作業の施工計画、施工方法等を指示、命令し、また日日のパトロールを通じて被告増山組従業員を直接指揮、監督していたものであるから、被告山九と原告隆造の間には実質的な使用従属ないし指揮命令の関係があり、被告山九は、原告隆造に対し、被告石川島同様の安全配慮義務を負担していた。

(二) しかして、仮受梁設置工事の現場は、被告石川島関係の(二)記載のとおりの状況であったから、被告山九としても、安全配慮義務の履行として、被告石川島同様、アンカースタットを撤去し安全ネットを張り渡す等の転落防止のための具体的措置を講ずべきであったのに、これを怠り、その結果、本件事故が発生した。

従って、被告山九は、前記安全配慮義務を履行しなかったものとして、先ず主位的に債務不履行に基づき、原告らの後記損害を賠償すべき義務がある。

(三) 仮にそうでないとしても、以下予備的且つ選択的に、被告山九は右(二)の転落防止措置を講じなかったことは、下請人として、孫請人の従業員に対し、被告石川島同様の過失があるということができるから民法七〇九条により、然らずとすれば被告石川島について指摘したと同一の理由に基づき、同法七一七条一項本文、同法七一五条一項本文により、それぞれ損害賠償責任を免れない。

(被告増山組関係)

(一) 被告増山組は、原告隆造の雇主であるから、その従業員である原告隆造に対し、雇用契約の内容として、安全配慮義務を負担していた。

(二) しかして、本件の場合、右安全配慮義務の具体的内容は被告石川島、同山九のそれと同一であり、被告増山組としても原告隆造に対し当該安全配慮義務を履行しなかったものとして、主位的に債務不履行に基づき、原告らの後記損害を賠償すべき義務がある。

(三) 仮にそうでないとしても、以下予備的且つ選択的に、被告増山組は、相被告両名と同一の理由に基づき、民法七〇九条、七一七条一項本文、同法七一五条一項本文により、それぞれ損害賠償責任を負担する。

4  原告隆造の損害

(一) 逸失利益 合計金八八四七万一五五〇円

原告隆造は、本件事故のため労働能力を全く喪失し、以後稼働して賃金収入を得ることは一生涯に亘り不可能となった。これによる逸失利益は次のとおりである(計算は、別紙計算書(一)のとおり)。

(1)昭和四九年二月一日から昭和五二年三月三一日まで一一五五日分 金二五一万二三五六円

原告隆造の本件事故当時の日額賃金は金五四三八円であり、右期間中の賃金総額から、労災保険により既に支給を受けた六割を控除した残額

(2)昭和五二年四月一日から同年七月三一日まで一二二日分 金一二万三八一七円

右日額賃金金五四三八円に、右期間中のスライド率一三一パーセントを適用して修正した右期間中の賃金総額から、労災保険により既に支払を受けた三六五分の三一三を控除した残額

(3)昭和五二年八月一日から昭和五四年七月三一日まで七三〇日分 金九二万一八四九円

スライド率を一六三パーセントとしたほかは(2)と同様である。

(4)昭和五四年八月一日から昭和五五年七月三一日まで三六六日分 金五三万八七四六円

スライド率を一九〇パーセントとしたほかは(2)と同様である。

(5)昭和五五年八月一日から昭和五六年七月三一日まで三六五日分 金五六万五五五二円

スライド率を二〇〇パーセントとしたほかは(2)と同様である。

(6)昭和五六年八月一日以降 金八三八〇万九二三〇円

原告隆造は、昭和五六年八月一日現在満三三才であり、その就労可能年数は、満六七才まで三五年間である。そして、前記日額賃金五四三八円に、昭和五六年八月一日改定のスライド率二一二パーセントを適用して修正した数値をもとにして、右の三五年間年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式により控除すると、その現価は金八三八〇万九二三〇円となる。

以上(1)ないし(6)の合計逸失利益は金八八四七万一五五〇円である。

(二) 療養雑費 金一〇六九万一九四五円

原告隆造は、前記の後遺症のため生涯にわたり病床と車いすによる療養生活を送らなければならないが、それに伴う日常諸雑費は、通常の傷病による諸雑費だけでなく、車いす等の歩行器具類、床ずれ防止用の諸寝具、排便、排尿のための器具・備品類、清拭、入浴用の特別用品など、これら特別の必需品だけでも年間約二五万円余りの費用を要することを考慮すると少くとも日額金一〇〇〇円を必要とする。

従って、本件事故が発生した昭和四九年一月から昭和五五年一二月までの七年間の療養雑費は、金二五五万五〇〇〇円となる。

また、原告隆造は現在満三三才であり、昭和五三年簡易生命表によると平均余命は約四二年間であるから、昭和五六年一月以降の四二年間につき、年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式により控除した療養雑費は、金八一三万六九四五円(365,000円×22.293=8,136,945円)となる。

以上を合計すると、金一〇六九万一九四五円である。

(三) 付添看護費 金五八八六万七八四六円

また、原告隆造は、前記の後遺症のため、昼夜の着替え、洗面、食事、入浴、排便など日常生活の全般について自力による生活が不可能であり、生涯にわたって付添、介助を必要とするが、その費用としては、現在労災法一三条に基づく福岡労基局長と福岡県看護婦家政婦連合会会長との間の昭和五六年七月二四日付協定書別表「一般看護料、看護補助者」(脊損、泊込割増付)の項の適用を受け、一日当り金七三四一円の付添看護料の支給を受けているが、昭和五七年一月以降においても、右と同額である日額金七三四一円の支出を要する。

そして、右金額に基づき、昭和五七年一月以降の平均余命四一年間の付添看護費を算出すると、年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式により控除した、その現価は金五八八六万七八四六円(7341円×365日×21.970=58,867,846円)となる。

(四) 慰謝料 金一四〇〇万円

原告隆造は、極めて重度の後遺症を残す脊椎損傷患者であり、下半身の機能を全廃して、立つことも歩くこともできず、更に排尿、排便障害を伴う状態であり、その肉体的苦痛は死亡した場合に勝るとも劣らない。また、本件事故当時、同原告は二五才の将来の希望にあふれた青年であったのに、後遺症により、その希望も引き裂かれ、その精神的苦痛は、到底余人の想像できない深刻なものである。これらの苦痛を慰謝するためには、金一四〇〇万円が相当である。

(五) 弁護士費用 金五四〇万円

被告らに負担させるべき弁護士費用は、金五四〇万円が相当である。

5  原告隆司及び同ハギノの損害

(一) 慰謝料 各金三〇〇万円

原告隆司及び同ハギノは、それぞれ原告隆造の父及び継母であり、本件事故により息子の将来にかけた期待を奪われた上、自らの生涯をかけて重度の後遺症を有する原告隆造の面倒をみなければならない事態となり、その苦痛は計りしれないものがあり、その苦痛を慰謝するには、各金三〇〇万円が相当である。

(二) 弁護士費用 各金三〇万円

被告らに負担させるべき弁護士費用は、各原告につき、それぞれ金三〇万円が相当である。

6  よって、原告らは、被告らに対し、主位的に安全配慮義務違反を理由とする債務不履行責任に基づき、予備的に各不法行為責任に基づき、前記4の損害合計金一億七七四三万一三四一円の一部である金八七四八万五六六三円、原告隆司及び同ハギノは、前記5の損害各金三三〇万円、並びに右各金員に対する本件事故の翌日である昭和四九年一月二七日から各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)を認め、同(二)は不知。

2  請求原因2(一)、(三)を認め、同(二)のうち原告隆造が転落した原因を否認し(後記被告らの主張のとおりである)、その余は認める。

3  請求原因3については、

被告石川島は、(一)のうち、本件新第二高炉建設工事に係る基本材料を製作、支給していたこと及び右工事現場に従業員を常駐させていたことは認めるが、その余の主張はすべて争う。被告石川島が被告山九に下請けさせた工事については、同被告が独自にその施工、管理の権限と責任を有していたものであり、被告石川島は、下請業者間の連絡、調整を行うことはあっても、下請工事の施工に関し具体的に指示、命令することはなかった。(二)のうち、鋳床梁上に原告ら主張のとおりアンカースタットが溶接されていたことは認めるが、右アンカースタットに側方に突出していた箇所があったことは否認し、その余の義務違反の主張事実、(三)、(四)の主張事実は争う。

被告山九及び同増山組は、いずれも(一)、(三)の主張を争い、(二)については、被告石川島の認否のとおりである。

4  請求原因4、同5は争う。

三  (抗弁)

1  被告石川島、同山九はいずれも原告らに対しなんらの安全配慮義務を負担すべき法律関係にないから債務不履行をもって問責されるいわれはないが、仮に被告らにおいてなんらかの安全配慮義務を負担し且つその債務不履行があったとしても、被告らには帰責事由がないから免責されなければならない。即ち、被告石川島は、労働安全衛生法の定める特定元方事業者として、(1)種々の協議会を設置し(同法三〇条一項一号)、(2)関係業者間の連絡、調整を行い(同項二号)、(3)作業現場を巡視し(同項三号)、(4)安全教育を実施する(同項4号)など同法の要請する安全対策を完全に実施していたものであって、その間特定元方事業者として責任を問われる理由は全くないばかりか、本来本件事故が発生した仮受梁設置工事の具体的施工、管理及び安全対策については全て、下請業者である被告山九が、その権限と責任において実施すべきものであり、単なる業者間の連絡、調整役にすぎない被告石川島としては、被告山九からの作業要領及び安全設備の説明報告を受け、これに対し適切な協議をなし、妥当な指示を与えることをもって必要かつ十分であり、現に同被告との間において適切な協議、妥当な指示を行うにつき欠けるところはなかったのである。また被告石川島において仮受梁設置工事を施工した鋳床梁にアンカースタットを工場溶接した上で現場に据付設置した点については、現場溶接工法と比較して構造力学的見地及び労働安全性の見地からより合理的な措置として評価すべきことはあっても、この点を把えて安全配慮義務の不履行につき被告石川島に対しなんらかの帰責事由がある論拠とすることは許されないことであり、他に同被告に安全配慮義務の不履行について故意、過失又は信義則上これと同視しうる事情はない。次に、被告山九についても、元請人である被告石川島と適切な協議をなしその指示を受けた上、独自の立場で安全就労に種々遺漏なきを期したものであり、被告増山組も後記のとおり原告隆造の当日の体調を配慮して倉庫作業を指示命令する等万全の安全配慮の措置を尽したものであり、いずれも帰責事由が不存在である。

本件事故発生の真因は、被告らと関わりなく、専ら原告隆造の自損行為或は不可抗力というべきものである。以下これを少しく敷衍すれば、原告隆造は、本件事故当日である昭和四九年一月二六日の出勤時、前夜の飲酒により酒気を帯びていたため、上司である被告増山組現場責任者猪腰正二から倉庫整理作業を命ぜられ同作業に従事し、同日午後二時ころまでに右作業を終えたものであるが、このような場合、同原告は責任者である猪腰に対し、作業結果を報告するとともに同人の新たな指示を仰いで行動しなければならない職務上の義務があるのにこれを怠り、独断で仮受梁設置工事の現場に赴き、鋳床梁上に上がったばかりか、自らは鳶職の職種にありながら、しかも転落現場の鋳床梁上は通常の高所作業と比較すれば極めて危険性の低い高所作業であったにもかかわらず、前夜の宿酔と睡眠不足により正常な運動又は歩行能力を欠いていたため、立ちくらみ等自分独りでバランスを崩し火打梁上から転落した。のみならず、仮受梁設置工事の作業要領によれば、作業員は鋳床梁上の内側と外側を歩行しないよう指示されていたし、また、鋳床梁の内側(内梁、火打梁側)作業員は、マンテル側面に三段にわたって設置されていたブラケット足場最下段又は鋳床梁フランジ下のブラケット足場において作業する外、内梁上、火打梁上で作業せざるを得ない場合には、右ブラケット足場のスタンション等や、やはりマンテル側面に設置されていたモンキータラップ背もたせ棒に命綱を掛けるよう指示されていたにもかかわらず原告隆造は、右の指示ないし作業要領に従わず、命綱を掛けずに鋳床梁上を不注意に歩行したため、転落した。

右のとおり、本件事故の原因は、原告隆造の職務命令違反、宿酔、作業要領違反等、専ら同原告の軽卒で無責任な行動に基づくものであって、その自損行為或は被告らにとっては全く予期できない不可抗力とでもいうべきものであるから、被告らにおいて安全配慮義務の不履行につきなんらの帰責事由を有するものではない。

2  過失相殺

仮に被告らにおいてなんらかの損害賠償責任を負担するとしても、抗弁1において被告らが主張した原告隆造の職務命令違反、宿酔、作業要領違反等の行動が本件事故発生の大きい原因であることは疑う余地がないのであるから、同原告の右過失は損害額算定に当り大幅に斟酌されるべきである。

3  損害の填補

(一) 原告隆造は本件労災事故を原因として、本件口頭弁論終結までに昭和五七年一二月分までとして左のとおり労災保険上の給付金、年金合計金二二一三万一二一五円の支給を受けた。

(1)休業補償給付金 金四三三万〇四四円

(2)休業特別支給金 金一一四万二七七八円

(3)傷病補償年金 金一四二四万七九四五円

内訳

(イ)昭和五二年五月一日から昭和五六年七月三一日までの分につき 金一二七四万四四二九円

(ロ)昭和五六年八月一日から同年一二月三一日までの分につき同年一一月に支給されたもの及び昭和五七年二月に支給されるべきもの  金一五〇万三五一六円

(5438円×212/100×313日×5/12=1,503,516円)

(4) 傷病特別年金 金二四一万〇四四八円

内訳

(イ)昭和五二年五月一日から昭和五六年七月三一日までの分につき 金二一五万六〇八四円

(ロ)昭和五六年八月一日から同年一二月三一日までの分につき同年一一月に支給されたもの及び昭和五七年二月に支給されるべきもの  金二五万四三六四円

(920円×212/100×313日×5/12=254,364円)

(5)以上合計 金二二一三万一二一五円

(二) 右給付金は本件労災事故を原因として同原告に支給されたものであり、同原告が右事故により失うべき利益を実質的に填補する機能をも有するから、これを同原告の逸失利益の額から控除すべきである。

四  (抗弁に対する認否)

抗弁1、2を否認し、3(一)は認める。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の(一)の事実、同2の(一)、(三)の事実はいずれも当事者間に争いがなく、同1の(二)、2の(二)の事実は、《証拠省略》を総合してこれを認めることができる。

原告隆造が転落した直接の原因について、被告らは、同原告が立ちくらみ等自分独りでバランスを崩して転落したもので全くの自損行為である旨主張するけれども、これを認めるべきなんらの証拠は存在しないのみならず、《証拠省略》によれば、原告隆造は、転落の直前、内梁側の鋳床梁上にいたこと、本件事故発生後、同原告が着用した地下足袋の親指部分に、何らかの障害物に引っ掛かったため生じたと思われる破れがあったことが認められるところからすれば、右認定のとおり、原告隆造は、火打梁上から内梁上を歩行中、アンカースタットにつまづいて転落したと推認するのが相当であり、他に右認定を左右すべき証拠はない。

二  原告隆造に対する被告らの責任

そこで先ず被告らの原告隆造に対する安全配慮義務の不履行に基づく損害賠償責任について判断する。

一般の私法上の雇用契約においては、使用者は、労働者が給付する労務に関し指揮、監督の権能を有しており、右権能に基づき、所定の設備、器具、機械、作業場等の物的設備を指定した上、労働者をして特定の労務を給付させるものであるから、使用者としては、指揮、監督権能に付随する信義則上の義務として、労働者の労務給付過程において、物的設備から生じる危険が労働者の生命、身体、健康等に危害を及ぼさないようにこれを整備し、労働者の安全を配慮すべき義務(以下、「安全配慮義務」という)を負担するものと解するのが相当である。従って、被告増山組は、原告隆造を直接雇用する者として、同原告に対し、安全配慮義務を負担していたことは明らかであるが、右安全配慮義務は、前記のとおり指揮、監督権能に付随するものである以上、単に雇用契約の直接の当事者間のみに発生するというべきではなくある法律関係に基づいて、事実上雇用関係に類似する指揮、監督関係を生ずるに至った当事者間においても、これを認めるべき場合があるといわなければならない。

しかして、被告石川島、同山九についてこれをみると、《証拠省略》を総合すれば、

1  被告石川島は、本件新第二高炉建設工事の元請人であると同時に労働安全衛生法に定める特定元方事業者であり、右工事につき、訴外住友金属工業株式会社からの受注により、原告隆造が仮受梁設置作業に従事して転落した鋳床梁(火打梁、内梁、外梁)を設計、製作し、直接の事故原因となったアンカースタット(「スラブゲージ」又は「スラブ止め」ともいう)を自ら右鋳床梁に工場溶接した後工事現場に搬入据付ける等諸々の施設、設備及び資材を提供するとともに、本件工事現場に現場事務所を設け、工事所長として後藤勉ほかの従業員を常駐させ、右後藤工事所長を統括安全衛生管理者に指定した上、工事管理については、週間工程会議や日程会議等を、安全管理については、安全会議やND(ノードロップ)会議等をそれぞれ主宰し、これに下請人、孫請人である被告山九、同増山組従業員等を出席させ、工事、安全の管理一般について常時包括的に指示、命令を与えたこと、特に被告山九の従業員及び被告増山組を含むその下請従業員の安全管理面について、被告山九との間において「安全衛生管理に関する覚書」と称する協定を結び、同被告に対し種々の安全措置義務を負担させると共に安全衛生管理と安全基準の遵守に関する協議、指示、承認及び点検の権限を包括的に確保したこと。

2  被告山九も被告石川島同様本件工事現場に現場事務所を設け、主任作業員である稲寺雅継を安全衛生責任者に指定し、同人外の従業員を常駐させて工事、安全管理に当らせたが、被告石川島との右協定に基づき、被告増山組から「安全衛生管理ならびに就業管理に関する誓約書」を提出させ、同被告に対し自らが被告石川島に負担したと同種、同等の安全措置義務を負担させると共に被告増山組従業員に対する安全衛生管理と就業管理全般について、被告石川島と被告山九の統括安全衛生管理者、安全衛生責任者等において直接的且つ具体的な指揮、命令の権限を確保したこと

3  しかして、被告石川島、同山九従業員は、日々の安全パトロールを通じて、孫請人、下請人である被告増山組の従業員を常時直接且つ具体的に指揮、監督したこと、

以上の各事実が認められる。

被告石川島は、孫請人である被告増山組従業員に対する指揮監督関係について、被告山九が工事、安全管理の全責任を負い、被告石川島は単なる下請業者間の調整役にすぎないと主張するが、本件全証拠によるも右主張を認めるに足る確証は見当らず、他に右認定を左右すべき証拠はない。

以上において認定した本件新第二高炉建設工事における被告らの相互関係と指示、命令権限及び安全パトロールによる直接の指揮、監督状況を総合斟酌すれば、被告石川島、同山九と原告隆造との間には、事実上雇用関係に類似した指揮、監督関係が生じていたものと認めるのが相当であり、従って、同被告らは、いずれも同原告に対し、同工事の施工につき安全配慮義務を負担したものというべきである。

そこで本件新第二高炉建設工事のうちの仮受梁設置工事の現場状況に照らし、被告らが具体的にいかなる内容の安全配慮義務を負担したかを更に検討するに、前示当事者間に争いがない事実及び《証拠省略》を総合すれば、本件鋳床梁は、その上部フランジ面が基礎コンクリートピット面から約四・五メートルの高さにあり、且つ同梁上には、幅三四〇ミリ、高さ一四〇ミリメートルの型をしたコンクリート止めアンカースタットが六五〇ミリメートル間隔で溶接されていたこと、鋳床梁の上部フランジ面の幅は、外梁が三五〇ないし四二〇ミリメートル、内梁が四五〇ないし五〇〇ミリメートル、火打梁が三〇〇ミリメートルであること、仮受梁設置工事に従事する作業員は作業の性質上又は円滑な遂行上、鋳床梁上部フランジ面を歩行する必要があったこと、本件事故発生当時以前においては同種工事の鋳床梁上部フランジ面へのアンカースタットの溶接は現場溶接が多く従って既に工場溶接された鋳床梁上部フランジ面上での歩行ないし作業に熟達した鳶工は必ずしも多くなかったこと、従ってたとえ鳶工であっても鋳床梁上で歩行ないし作業をする場合アンカースタットにつまづく等して転落する危険のあったことが認められる。

右認定の事実に徴すれば、被告らは、いずれも前記安全配慮義務の具体的履行として、作業員が鋳床梁上部フランジ面での歩行ないし作業と同一の歩行ないし作業ができる程度内容の作業用の足場を鋳床梁上又はその梁脇に特設するか、鋳床梁上での歩行ないし作業につき一層の安全を確保するためにアンカースタットになんらかの覆いをするか、充分な命綱装着設備を設置するか、或はまた万一に備えて安全ネットを張り渡す等適切且つ有効な転落防止措置を講ずべき義務を負担していたというべきである。

しかるに、《証拠省略》によれば、鋳床梁のうち外梁上に命綱を装着すべき親綱が張られていた外は、なんら右認定に係る具体的な転落防止措置が講じられた形跡のないことが認められるのであって、この点被告らが安全配慮義務に違反したことは明らかである。

被告らは、仮定的に債務不履行の帰責事由の不存在を強調して被告らに責任がない旨抗弁する。

しかしながら、右認定に係る具体的な安全配慮義務の不履行について、本件全証拠によるも被告らに帰責事由の不存在を肯認すべき証拠を見出すことはできない。確かに、作業用足場についていえば、鋳床梁近辺にはブラケット足場が設置されてはいたが、《証拠省略》により明らかなとおり、マンテル側面第一段目のブラケット足場は、鋳床梁上部フランジ面から七〇五ミリメートル下方に設置されており、また《証拠省略》により明らかなとおり、内梁、外梁沿いのブラケット足場は本来ボルト取り用のものである上、梁上部フランジ面からは更に下方に位置しており右のブラケット足場で仮受梁設置作業を行うことは鋳床梁上等での作業と比較して極めて困難且つ非能率であると認められるから右のブラケット足場の設置をもって帰責事由不存在の証左となしえないしまた命綱の装着設備についても《証拠省略》によればマンテル側面のモンキータラップ、ブラケット足場のスタンション等に命綱を掛けることは不可能でないことが窺えるけれども、仮受梁自体の揺れと回転や玉掛ワイヤーの取り外しのための鋳床梁上の移動の必要等を考慮すれば、円滑安全な作業の遂行上、右モンキータラップ等既設の設備をもって適切十全な装着設備とは到底認め難く、これまた被告らに帰責事由不存在の根拠とはなしえない。更にまた安全ネットの緩衝作用について、鋳床梁下に安全ネットを張ったとしても、ネット面と基礎コンクリートピット面との間が約一・二ないし一・五メートルしかないため、人体の想定体重である六〇キログラムの負荷がかかった場合、有効な緩衝効果を期待できないとする実験結果《証拠省略》があるが、安全ネットの効用は、高所と危険性の程度及び現場の状況に応じて材質を選び張り方を工夫して始めて問題となりうると解すべきところ、同号証は右の材質選定、張り方の工夫等において有効適切な他の可能性を一切否定する趣旨とも認めがたく、これをもって、被告らの帰責事由不存在の確証とすることはできない。

かえって、被告石川島は元請人として原告隆造が転落したアンカースタット溶接ずみの鋳床梁を設計、製作及び据付をなし且つアンカースタットの効用や鋳床梁の規模、利用状況を熟知していたこと、被告山九、同増山組はそれぞれ下請人、孫請人として各注文者の指示命令のもとに仮受梁設置工事を施工し、直接且つ具体的に本件新第二高炉建設工事現場に関与したこと、その他同工事現場の状況及び被告ら相互間の指揮監督関係等諸般の事情が前示認定のとおりであることに照らせば、被告らは、いずれも、転落事故を予見し、万一に備えて、前示のような転落防止措置を講ずべきであったことは見易い道理であり、漫然これを怠った点において過失の責を免れないものといわなければならない。

被告らの帰責事由不存在の抗弁は失当であり採用できない。

してみれば、被告らは、それぞれ、原告隆造に対し、安全配慮義務違反に基づく損害賠償義務を負担していることが明らかである。

三  原告隆造の損害

(一)  逸失利益

《証拠省略》を総合すると、同原告は、昭和四九年一月二六日当時、満二五才八月(昭和二三年五月二五日生)の健康な男子であり、被告増山組に雇用され、鳶職人として日額賃金五三四八円の収入を得ていたものであるが、本件事故による受傷のため爾今以後一生涯に亘り全労働能力を喪失したこと及び被告増山組の定年は満五五才であること、従って同原告は本件事故による受傷のため昭和四九年二月一日以降満五五才まで鳶職としての得べかりし収益を、満五六才から満六七才まで満五五才時の六割の得べかりし収益を失ったこと、しかして逸失利益計算の基礎とすべき賃金は年々物価上昇等に応じて上昇するものであるが、その上昇率は昭和四九年度ないし同五五年度の各労働省編「賃金構造基本統計調査報告」における企業規模一〇人以上九九人以下の建設業の男子労働者で小学、新中卒の学歴を有する三〇才から三四才の年令に属するもの(同原告はこれに該当する)の賃金動向と同じく、昭和四九年度を一〇〇分の一〇〇とし、同五〇年度を一〇〇分の一〇七、同五一年度を一〇〇分の一一六、同五二年度を一〇〇分の一二五、同五三年度を一〇〇分の一三三、同五四年度を一〇〇分の一四二、同五五年度を一〇〇分の一五〇(別紙賃金上昇率表の上昇率欄記載のとおり)、同五六年度以降を一〇〇分の一五八として計算するのが相当である。なお、賃金上昇率について、原告らは労災保険金給付におけるスライド率をもって逸失利益を算出しているけれども、右スライド率は、必ずしも鳶職人の現実の賃金動向を正確に反映したものとは認め難いから、当裁判所は原告らの計算方法を採用しない。

しかして、右認定事実に基づき、昭和四九年二月一日から満六七才までの同原告の逸失利益を昭和五七年以降分について、年五分の割合による中間利息を年別ライプニッツ方式により控除して算出すると、別紙逸失利益計算書記載のとおり、合計金六八〇四万〇八一四円となる。

(二)  療養雑費

《証拠省略》を合わせ考えると、同原告は、本件事故による後遺症のため、下半身の機能を全廃した(労災保険障害等級一級認定)外内臓障害を有し、これが回復の見込みなく、終生病床口において療養に努めなければならず、その間療養生活上の諸雑費として、日額金一〇〇〇円の支出を余儀なくされると認めるのが相当である。

右認定の事実に基づき、同原告が本件事故により被った療養雑費の損害を、昭和五七年以降について、簡易生命表(昭和五五年度)による満三三才男子の平均余命である約四三年間につき年五分の割合による中間利息を年別ライプニッツ方式により控除して算出すれば、別紙療養雑費計算書記載のとおり、金九二九万八二五三円となる。

(三)  付添看護費

《証拠省略》を総合すると、原告隆造は終生着替え、洗面、食事、入浴、排便など日常生活全般につき昼夜を問わず付添看護を必要とし、相当の看護費用の支出を余儀なくされること、労働者災害補償保険法一三条に基づく被災労働者の看護について、福岡労働基準局長と福岡県看護婦家政婦連合会長及び社団法人日本臨床看護家政協会北九州支部長との間の協定によれば、原告同様脊損患者に対する泊込看護に要する看護補助者の看護料は、昭和五五年六月一日から日額金七〇六二円、同五六年七月一日から日額金七三四一円であり、原告隆造に対する看護についても現在まで右協定に基づく看護料が別途支給されてきたこと、同原告はいずれ自宅療養に移るであろうが、本件事故のため内縁の妻には去られ、適切な看護を期待できる近親者もなく、少なくとも職業的看護補助者に対し右協定に係る日額金七三四一円を支払って臨床看護を求める必要があることが窺える。

右認定の事実に基づいて昭和五七年一月以降四三年間の付添看護費の現価を年別ライプニッツ方式により年五分の中間利息を控除して算出すると、別紙付添看護費計算書記載のとおり、金四七〇一万三六二四円となる。

(四)  慰謝料

先に認定したとおり、原告隆造は、本件事故により、頭部外傷Ⅱ型、第一〇胸椎脱臼骨折、第一〇胸髄完全横断麻痺の傷害を負い、後遺症として、下半身の機能を全廃し、生涯、病床に呻吟しなければならないことに本件事故の態様、その他、弁論の全趣旨から明らかなとおり、原告隆造の治療に伴なう労働者災害補償保険法上の療養補償給付は全額別途支払済であり、今後も支払われるであろうこと、同原告が既に受給しまた将来受給すべき労災保険法上の傷病補償年金、傷病特別年金のスライド率は前認定の逸失利益算定の基礎とされた賃金上昇率を大巾に上廻ること等諸般の事情(但し、後記認定の同原告の過失を除く)を総合考慮すると、原告隆造が本件事故によって受けた精神的苦痛に対する慰謝料は、金一〇〇〇万円をもって相当と認める。

(五)  弁護士費用

本件事案の内容や審理経過、難易度、認容額等諸般の事情(但し(四)同様原告隆造の過失を除く)を考慮すると、同原告が被告らから本件事故と相当因果関係にある損害として、賠償を求めることができる弁護士費用は、金三〇〇万円が相当である。

ところで、右(一)ないし(五)において認定した原告隆造の損害合計金一億三七三五万二六九一円につき、被告ら主張の過失相殺の当否を検討するに、《証拠省略》を総合すれば、本件鋳床梁上には先に認定したとおりの状況でアンカースタットが溶接されており、同梁上を歩行、作業する同原告としてはこれに足をとられないよう注意しなければならず、同原告が鳶職人であることを考慮すれば尚更然りといわなければならないのに、足元を見ることなく全く不用意に歩行した結果アンカースタットにつまずいて転落したこと及び同原告は、本件事故当日の出勤時、宿酔のため、上司である被告増山組の現場責任者猪腰正二の命令により、倉庫整理作業に従事し、該作業を午後二時ころ終えたものであるが、このような場合、同原告としては、猪腰に作業結果を報告し、新たな指示を受けた上行動しなければならない職務上の義務があるのにこれを無視し、独断で仮受梁設置工事現場の鋳床梁上に赴いて本件事故に逢着したことが認められるのであって、右の事実は同原告の損害を発生せしめた重大な過失として損害額の算定につき斟酌すべきである。

しかして、同原告の右過失は五割と評価するのが相当と認められるから、前認定の損害合計金一億三七三五万二六九一円の五割に相当する金六八六七万六三四五円が被告らにおいて原告隆造に賠償すべき損害ということになる。

四  損害の填補

原告隆造が本件労災事故を原因として、本件口頭弁論終結までに昭和五七年一二月分までとして合計金二二一三万一二一五円の労災保険上の給付金、年金を受給していることは当事者に争いがないところ、右金員はその性質上同原告の前項損害に填補されるべきものであるから、これを前項損害金六八六七万六三四五円から控除すると、残損害金は金四六五四万五一三〇円となる。

五  原告隆司、同ハギノに対する被告らの責任と同原告らの損害

次に被告らの原告隆司、同ハギノに対する損害賠償責任について考えてみるに、安全配慮義務の不履行に基づく同原告らの主位的請求は、原告隆造と被告らとの間の雇傭契約ないしこれに準ずる法律関係の当事者でない原告隆司、同ハギノらが雇傭契約ないしこれに準ずる法律関係上の債務不履行により固有の慰謝料請求権を取得するとは解しがたい点において既に失当であるが、予備的な不法行為による請求は、前第二項において認定したところから明らかなとおり、被告らはそれぞれの立場において、転落防止措置を講ずべき注意義務(作業用足場の特設義務、アンカースタットを覆う義務、命綱装着設備の設置義務、安全ネットの張り渡し義務)を怠った過失責任を免れないものであるから民法七〇九条により、また然らずとしても、建設中の本件新第二高炉が土地の工作物であること及び被告ら三名がそれぞれその占有者であることは明らかであるが、該高炉は作業用足場、アンカースタットの覆い、命綱装着設備、安全ネット等の適切な転落防止設備を欠落していた点においてその設置に瑕疵があったといわなければならず、且つ原告隆造の前示損害は右瑕疵に基因して生じたものであるから民法七一七条一項により、いずれも不法行為による損害賠償責任を免れないものである。しかして、原告隆造の本件事故による受傷は死亡に比肩すべきものであるから、被告らは、同原告の父である原告隆司と継母ではあるが実母同様の原告ハギノに対し、各自、その固有の慰謝料を支払うべき義務を負担すると解すべきところ、前示認定の本件事故発生の態様、特に原告隆造の過失等諸般の情況を総合勘案すれば、原告隆司、同ハギノの固有の慰謝料は各金一〇〇万円をもって、また同原告らの本訴提起に関する弁護士費用は各金一〇万円をもって、相当損害金と認められる。

六  結論

以上の次第であるから、被告らは、各自、原告隆造に対し、金四六五四万五一三〇円及びこれに対する安全配慮義務違反による債務不履行に基づく損害賠償請求をしたことが記録上明らかな、被告石川島につき昭和五六年一二月一四日付準備書面送達の翌日の昭和五六年一二月一六日から、同山九につき右同準備書面送達の翌日の昭和五六年一二月一七日から、同増山組につき本訴状送達の翌日の昭和五一年三月一三日から、各支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があり、原告隆司、同ハギノに対し各金一一〇万円及びこれに対する不法行為の翌日である昭和四九年一月二七日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、原告隆造の主位的請求及び原告隆司、同ハギノの予備的請求を右の限度において正当として認容し、右請求のその余の請求及び原告隆司、同ハギノの主位的請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言及び同免脱宣言につき、同法一九六条一、三項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鍋山健 裁判官 近藤敬夫 近下秀明)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例